【サッカーの本質】“駆け引き”と“ハングリー精神”をどのように鍛えるか vol.2

第三回となる今回は、「“駆け引き”と“ハングリー精神”をどのように鍛えるか vol.2」です。

前回は”駆け引き”の重要性を中心に書きましたので、今回は”ハングリー精神”について書いていきます。

サッカーにおいて”ハングリー精神”というのは、自分をピッチで表現する力の源泉だと思うんです。

第一回のメルマガで、中南米の子どもたちは日常生活の中で”駆け引き”と”ハングリー精神”が培われる文化があることをお話しました。

しかし、その文化を日本で再現することは不可能なのです。

 

なぜ彼らはハングリーなのか?

日本では日常生活で”駆け引き”が発生する場面はほとんどありません。コンビニに行けば価格交渉をする必要もなく、コミュニケーションを必要とせずになんでも簡単に買えてしまう。これだけ便利な日本社会で生活していれば”駆け引き”を日常的に学ぶ機会はありません。そして彼らは”駆け引き”しなければ生きていくことが困難な状況に置かれているのです。

そして「サッカー選手」というのは彼らにとって家族を養うための絶好の手段なのです。日本の何倍も「サッカー選手」のステータスは高いのです。

ですから死に物狂いで努力し、命がけで戦うのです。

日本とはあらゆる状況が異なるのです。

彼らと同様のことを子どもたちに求めるのはナンセンスなのです。

しかしながら、”根性”とか”気合い”という言葉を使って子どもたちにプレッシャーをかけてしまう指導者が実に多い。結果的にサッカーが嫌いになって辞めてしまう子がたくさんいます。

大切なのは日本と海外の文脈の違いを理解し、適切なアプローチを探ることです。

 

ハングリー精神は主体性なしに引き出せない

そこで私が大切にしているのは、”サッカーを好き”、”上手くなりたい”、という気持ちを育み、”どうすれば上手くなるのか?”という主体性を引き出すことです。

日本はルールを過剰に重んじる文化があります。

学校でも子どもたちは過剰に押さえつけられているように見えるのです。

これはサッカーの指導現場においても同様です。

大人が扱いやすいように、大人の都合の良いように子どもたちに”常識”や”ルール”を押し付けているのではないでしょうか。

サッカーは監督のいうことを聞くためにプレーするものではないということです。

育成年代なら尚更です。

大事なのは選手たちに常に考えさせることです。

どうしたいのか?どうなりたいのか?そこに行くために何が必要なのか?

本来コーチングとはそういうアプローチが求められるのです。

選手たちの主体性を引き出せなければ、ハングリー精神を育むことはできないのです。

 

世界との決定的な差

日本では出る杭は打たれてしまう空気感があります。

”ふつう”と違うと「いじり」の標的にされてしまうため、なるべく周りと同じようにしていようという心理になるのです。

実はこれが世界との決定的な差になっていると私は思うのです。

アルゼンチンのボカジュニアーズの選手たちを見ていて感じた圧倒的な表現力。

自分の力を120パーセント出せる彼らと、自分たちの力を出しきれない日本の選手たちの違いは、”根性”や”気合い”の違い…などでは片付けられないものだと思います。

 

サッカーで”ふつう”は存在価値がない

サッカーは想像性や創造性が求められます。”常識”や”ふつう”の発想や考え方しかできないと存在価値を見出せません。ただでさえ競争が激しいわけです。周りとは異なる個性を表現しなければ上に行くことはできません。南米の子たちは死に物狂いで考えるわけです。どうしたら監督に認められるか、そうしたらスカウトの目に留まるか、どうしたら勝利することができるか…。自分の頭で必死に考えるのです。それこそ”ふつう”の発想やアクションをしていたら突き抜けることはできない。

本当は出る杭をもっと出すことがサッカーにおいては大切なのではないでしょうか?

日本に蔓延する同調圧力、出る杭を打ってしまう空気感がピッチにそのまま反映されているのではないかと思うのです。

日本の文脈において、ハングリー精神を育むには、押さえつけるのではなく、表現させてあげることが大切なのだと思います。

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